←クリックをお願いしますこれで給料も上がっているのなら問題は何もないのだけれども、現実は据え置き状態。ボーナスの減額分を考えれば、実質下がっている。
正直、個人でどうにかできる問題ではない。
より安いものをと買い求めるのにも限界はあるし、外食は回数を減らし、旅行もやめて、贅沢品も買わない。
そうやっていけばどうにかなるかもしれないけれど、みんながそんなことをやってしまえば、経済が停滞してますます景気が悪くなり、物価は上がり給料は下がるという悪循環に陥ってしまう。
原油高が原因で少し前に全国で一斉にイカ釣り漁をやめたということがあったけれども、このままいけばイカだけじゃ済まなくなるのは目に見えている。
にも関わらず日本の政府はこの状況が見えていないようだ。
消費税率のアップなどと言葉を口にするなど正気すら失っているような気がする。
もうすぐ洞爺湖サミットがあるけれども、福田首相の頭の中は二酸化炭素の削減のことでいっぱいで、この世界的な物価高についてはこれっぽちも思い至らないようだ。
これまでに何度も、そしてこれからもずっと話し合いを持つ機会がある地球温暖化よりも、物価高対策をこそサミットで取り上げてもらいたいと思うんだけどな。
物価高を「しょうがない」の一言で片付けるような福田さんにそんなことを望むことがそもそも無理なんだろうけど……
←クリックをお願いします消費増税、今秋は見送り=「2、3年の単位で検討」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080623-00000091-jij-pol
福田康夫首相は23日夕、通常国会の閉幕を受け首相官邸で記者会見し、先に「決断の時期」と踏み込んだ消費税増税について「方向性としてそういうこと。2〜3年とか長い単位で考えている」と述べ、今秋の税制抜本改革での決定は困難との認識を明らかにした。また「景気がどうなるか、無視し得ない。もう少し先の話だ」と語った。(時事通信)
あくまでも“とりあえず”であって、そのとりあえずは、結局のところは衆議院選挙までってことなんだろう。
その後は上げますよってわけだ。
増税の理由はいつも、医療費の確保、年金の確保というばかりで、
まるで、社会保障費を人質に国民を脅しているかのようだ。
確かに社会保障費が足りないと言われたら税率アップも仕方がないと思ってしまいがちだ。
でも足りないのは歳出に対する歳入、つまり税金の総額であって、社会保障費だけが足りないわけじゃない。
社会保障費を最優先で確保したなら、足りなくなるのは当然、他の予算であって社会保障費ではない。
そうした時に、どの予算がどのくらい足りなくなるのか、そこを説明してもらわないと税率アップに納得なんてできるわけがない。
政府が常に言うのは、このままだと○○年後には社会保障費がこれだけ足りなくなりますよってことだけだ。
社会保障費を確保した場合、こういった予算が足りなくなって、こういう問題が起こりますよ、なんて言い方は絶対にしない。
そもそも、社会保障費を最優先で確保しようという考えが出てこないのはどうしてなのだろうか?
国民の生活なんて真面目に考えていない、そういうことなんだろうな。
←クリックをお願いしますこちらの記事でも書いたけれども、
悪いことをしたら殴るということは、悪いことをした奴は殴ってもいいんだということでもあるんです。
子供たちの多くは体罰を受けることで、それを学び、「○○ちゃんが悪いから」という理由で友達を殴ったりいじわるをするようになると、ほんの少しでもそう思いませんか?
殴られたら痛みを知るといいますが、痛みを知れば何故人に暴力を振るわないといえるのでしょうか?
自分の子供を虐待するほとんどの親は、子供時代に自分の親から虐待を受けた経験があるそうです。
殴られて痛みを知り人に暴力を振るわなくなるというのなら、なぜ虐待を受けて育った人は虐待をするのでしょうか? 何故、虐待の連鎖は続くのでしょうか?
また凶悪な犯罪を起こした犯人が幼少時代に体罰を含む厳しい教育を受けていたというのもよく聞きます。
それでも「体罰を受けることで痛みを知り人を傷つけなくなる」と言えるのでしょうか?
やっぱり私には、体罰は暴力を振るってもいいんだということを教えているように思えてなりません。
体罰を肯定する人、体罰を振るう人は、結局のところ殴ることでしか子供を言い聞かせることができないだけではないでしょうか?
また、言っても分からないなら殴って分からせるしかないと主張する人がいるけれども、殴っても分からない人にはどうするんでしょうか?
指の一本でも切りますか? それとも半殺しにしますか?
そもそも殴って分からせると言うけれども、殴られるのがいやで分かったふりをしているとは思わないんでしょうか?
もっとも体罰を振るう人って、殴ってそれで終わりって人が多いからね。そんなことはどうでもいいんだろうね。
←クリックをお願いします橋下知事、公務のテレビ出演で謝礼30万円
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/154238/
大阪府の橋下徹知事は18日の定例会見で、今年2月の就任から3月までの間、公務で出演したテレビ番組19本について、計約30万円の謝礼を受け取っていたことを明らかにした。謝礼は個人収入としているが、「政治資金は必要。何らかの形で確保しなければならない」と理解を求めた。また、非公務で出演した番組は3本で、出演料は計126万円だったことも明かした。
橋下知事はテレビ番組の出演について、「番組の効果は大きく、大阪のPRになる。積極的にメディアの協力をいただくのがスジ」と話したうえ、謝礼金や出演料は個人収入としたことを明かした。報道陣から「公務の謝礼が個人収入というのは府民から理解されにくいのでは」と指摘を受けると、「理解されにくいとは思うが、特別職には労働時間の規定もない。テレビ番組の出演は通常の事務作業とは違う作業。使途は公表しないが、政治活動に使い、個人に使うつもりはない。理解が得られないなら説明する」と話した。
(以下略)
テレビに出るなとは言わない。
でも公務だと言うなら、何故その出演料が知事個人のポケットに入るのか?
理解なんてできるわけがない。
「政治活動に使い、個人に使うつもりはない」
とも言っているけど、政治活動だって、府政と直接関係がないのであれば個人の活動でしかない。
百歩譲って政治活動が個人ではないとしても、テレビ出演で得たお金の分だけ個人の支出が減るだけの話ではないのか?
「特別職には労働時間の規定もない」
というが、そんなことは最初から分かっていた話だ。
それがイヤなら、それこそ「辞めればいい」じゃないか。
職員の賃金をカットし、外郭団体を整理し、補助金などを削減するのは仕方がないかもしれない。
しかし、他人に痛みを強要するくせに自分は特別だからというのは絶対に間違っている。
そんな自分に甘い知事に誰が言うことを聞くというのか?
上に立つものは自らを厳しく律するべきだ。
他者に痛みを強要するのならなおさらだ。
←クリックをお願いします<東国原知事>突然言及「愛のムチ条例はできないか」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080618-00000153-mai-pol
宮崎県の東国原英夫知事は18日の県議会本会議の終了後、記者団に「体罰は愛のムチ。昔はげんこつで教えられたが、最近はできなくなっている。愛のムチ条例はできないか」と発言した。この日は一般質問があり、印象に残った質問を問われて、突然「愛のムチ条例」に言及した。
議会では、自民党議員が教育問題を取り上げた。東国原知事は「宮崎県で『愛のムチ条例』や『愛げんこつ条例』はできないか。愛という範囲で条例化すべきだ」と語った。
知事は昨年11月、若手建設業者との懇談会で「徴兵制はあってしかるべきだ」などと発言。その後、「不適切だった」と謝罪している。
大阪の橋下知事といい、何なんだろうね。
上に立つような人間は暴力に訴えてでも人を従わせたいと考えるような人間ってことなのかね。
これまでに何回も体罰についての記事を書いてきたけれども、ここで改めて書く。
体罰は暴力であって教育でも指導でも、ましてや“愛”のムチなんかではありません。
そもそも、東国原知事は「昔は……」なんて言っているけれども、こちらで書いたように日本は世界に先駆けて体罰禁止を明文化したぐらい、体罰を否定してきた国だ。
明治以前には体罰なんてほとんどなかったという研究結果もある。
それに前回の記事で書いたように、体罰は旧日本軍が兵士に服従と忠節を強制するために取り入れたものであって、教育とは基本的な考え方から違っているのだ。
それとも、東国原知事や橋下知事は教師や学校に服従する生徒が理想だとでもいうのだろうか?
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